日本のお酒のGI(地理的表示)が拓く未来:地域と文化を世界へ
日本の地理的表示(GI:Geographical Indication)は、特定の地域に根ざしたお酒の品質や評価を保護し、その地域固有の価値を世界に発信する取組みです。2025年11月20日に、関東信越国税局さんが主催し、さいたまスーパーアリーナで行われたセミナーに参加してきました。
特に日本酒やワインといった、風土と技術が一体となり生まれる酒類において、このGI制度は単なる原産地証明を超え、文化と伝統の継承、信頼性の証となっていく可能性を、酒類総合研究所の福田理事長が講演され、大変興味深い内容でしたので、まとめてみました。

GI制度の歴史と日本の取り組み
日本のGI制度は、酒類の分野から本格的にスタートしました。1994年(平成6年)に、WTO(世界貿易機関)の発足でぶどう酒と蒸留酒の地理的表示の保護が加盟国の義務となったことを受け、国税庁が制度を制定したのが始まりです。その後、農林水産物・食品全般を対象とする「地理的表示法(GI法)」も公布されました。
特に日本酒においては、2015年(平成27年)に「日本酒」そのものが国レベルのGIとして指定されました。その要件は、「国内産の米のみを使用し、国内で製造された清酒」であること。これにより、「日本酒(Sake)」は、外国産米を使用したり海外での製造と明確に区別され、高品質で信頼できる日本の産品として、国際的な地位を確立する一歩となり、その後のユネスコ文化遺産登録などへ繋がったと思います。
これを皮切りに、地域固有のGI指定が加速し「山形」が全国で初めて指定を受け、「新潟」、「山梨」、「白山」など、独自の厳しい基準を設けた地域GIが次々と誕生しています。この動きは、それぞれの地域が持つ固有の気候・風土、伝統技術、そして水質の特異性を、明確な「品質基準」として発展させていこうという、地域全体の強い意志の表れ。まだ認知が低いかもしれませんが、今後への道標としての役割に大事な点と思います。
ワインと日本酒:GI要件の持つ「価値」
GI制度の本質は、産品の特性と、生産地特有の「自然的要因(気候、風土、水など)」及び「人的要因(伝統的な製法、技術)」との結びつきでその価値担保することにあります。
🍷ワインのGI要件
ワインにおいては、原料志向型という意味でわかりやすいです。5つ「山梨」「北海道」「山梨」「長野」「大阪」がGI指定を受けています。例えば、多くの要件は、
原料:一定の糖度以上のぶどうのみを使用すること。品種の指定。
製法:産地内での醸造、貯蔵、容器詰めを行うこと。アルコール度数や補糖、補酸などの工程に制限を設けること。
で定められています。これらは、その土地のテロワール(Terroir)を最大限に表現するための制約であり、「山梨ならでは」「北海道ならでは」の個性を持ったワインを生み出すことを目指しています。
🍶 日本酒のGI要件
一方日本酒の地域GIは、その土地の個性と、人の働きを色濃く反映します。現在19の指定があります。
GI「山形」:原料米に山形県産米を100%使用し、県内で採水された水を原料とし、やわらかく透明感のある酒質を規定しています。
GI「白山」:一等米以上に格付けされた国内産米(精米歩合70%以下)を使用することや、石川県白山市内で採水した水のみを使用すること、液化仕込みを行わないことなど、原料と製法に非常に細かい基準を設けています。
これらの要件でポイントは、「何を使うか」(地域産米、地域水)だけでなく、「どう造るか」(液化仕込みの禁止、特定の技術の継承)といった製法までもが、その酒の特性を形作る上で不可欠な要素として明文化されている点です。
【私たちが理解すべき価値】 GIマークは、単に「どこで造られたか」を示すものではありません。それは、「このお酒は、この土地の気候・風土が育んだ特別な原料を使い、この土地で長年培われてきた伝統的な技術と厳格な管理体制のもとで造られ、その結果、他の地域にはない独自の特性を持っている」ということです。
🌍 海外事例に学ぶブランド力:フランスのAOC制度
地理的表示制度の例として、ヨーロッパ、特にフランスのワインにおけるAOC(原産地統制名称)制度は、最も象徴的です。
AOCは、ブドウの品種、栽培密度、収穫量、アルコール度数、醸造方法に至るまで、極めて厳格な規定を設けることで、ボルドーやブルゴーニュといった産地名の価値を世界最高レベルに高めました。AOCの成功は、GIが「模倣品の防止」という消極的な保護に留まらず、「品質の向上と維持」という積極的なブランド戦略の核となることを証明しました。
これにより、消費者は「ボルドー」と聞けば、特定のブドウ品種や製法、そして期待できる味わいの基準や範囲を認識できます。GI制度は、この「地域名=品質・特性の保証」という方程式を確立し、差別化を高める力を持っています。
日本での取組みも、地域のブランド化・差別化へ、消費者にとってのイメージの湧きやすさとなるといいですね。
今後への期待:GIが実現する日本の酒の未来
日本のお酒のGIは、大きな可能性を秘めています。今後、私たちがGI制度に期待できることは、以下が考えられます。
1. 国際市場での競争力強化と信頼
GIは、海外の消費者に対して「日本酒」「山梨ワイン」の真正性(オーセンティシティ)と品質を客観的に証明するツールです。日EU・EPA(経済連携協定)などを通じて、日本のGIは海外でも保護され、模倣品の出現を防ぐことができます。これは、日本の酒が世界の高級嗜好品市場で、フランスのワインやスコットランドのウイスキーと肩を並べるためのインフラとなります。
2. 地域経済の活性化と生産意欲の向上
GI認定を受けるための厳しい基準は、単なる規制ではなく、地域内の生産者にとって「目指すべき品質の基準」となります。地域内で原料米やブドウを調達する要件は、農業と酒造業の連携を深め、地域全体の経済循環を促します。GIのブランド価値が高まることで、生産者はより手間暇をかけた高品質な酒造りに励むインセンティブを得られ、結果として地域全体の酒の品質底上げに繋がります。
3. 日本文化の物語(ストーリー)の発信
ワインにおける「テロワール」のように、日本酒においても、GIを通じて「地域特有の風土、水、米、そして杜氏の伝統技術」という、深遠な物語を世界に発信することができます。GIラベルは、そのお酒が持つ歴史、文化、そして造り手の哲学を語る「パスポート」となるのです。これにより、消費者は単に味わいを楽しむだけでなく、その背後にある日本の多様な地域文化へと関心を深めることができます。
GI制度は、日本の誇るべき酒文化を次世代に継承し、それを宝として確立するためのものでしょう。GIマークを見てその裏側にある生産者の努力と、その土地が持つ「他にない価値」に印象を持つ機会です。他方、気候など地域性と人の技術の関連度など、もう少し幅を狭めることができると、よりGIに委ね選択を容易にできるかな、とも思いました。日本酒の方は特に人が関わる影響が大きく、水、米の原料以外、地理的外の要素を、どう地域ブランドとして認知させられるか、鍵になりそう。水質の違いをよりイメージ化しわかりやすく等、今後様々な改良もされていき、このインフラが精度を上げ信頼を上げていく未来を考える、良い機会でした。
国税庁HPにGIの一覧掲載されていますので、気になる方ご覧ください。 酒好や 西山 https://www.nta.go.jp/taxes/sake/hyoji/chiri/ichiran.htm




